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パプアニューギニアに関することならなんでも、いろいろな話題をアップしていきます。
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海も山も大自然がありのまま、パプアニューギニアにすんでいました。パプアの心意気を忘れないよう、何でも記していきます。
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Facebook見ていたら突然電話着信の画面が出てきました。
応答するとおっさんの顔が。

このおっさん、、
おぅ!よく見たらマルじゃないか?!
marufb.jpg
-マル・イガベ。弱冠22歳。

マルはパプアで僕が先生やってたときの生徒です。
パプアキンイロクワガタの宝庫、パイガタサ村へ招待してくれた一番の親友でもあります。

「ニワトリはやっぱ殺したてがうまいよね」
「もう人は食べちゃだめだからねww」
懐かしい話で盛り上がりました。

にしても思ったよりマルの顔がスムーズに動く。
パプアのネット速度が相当改善したのかな、昔は4kbpsしか出なかったよ?

「僕、今オーストラリアにいるんです。奨学金制度に受かって。」
どうりでネットが速いわけです。
それにしても奨学金受かったなんて!相当の倍率だと思うぞ、それは。

「来年UPNG(パプアニューギニア大学)に戻るんだ。次は奨学金で日本に行くから。」
マル、そんなに簡単に受かるのか?
「絶対に日本に行く。そしてMr.Tanakaに会いに行く。」

・・・よし、来たら裸足で東京を走ろうぜぃ!
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東武宇都宮駅のすぐ脇。
路地に入るとすぐに、白い壁のすえひろ食堂はありました。


IMG_2641_500.jpg
- 小さいけど人目を引く外観。

 
チヨさんは禰宜さんから話を聞いていたらしく、ボクの訪問をとても喜んでくれました。
 
「ソマレが日本に来た時わたしも呼ばれてね〜、ハッハッハ」
 
––––––––––––––
第二次世界大戦中、かつて地獄と言われたパプアニューギニア。15万人の兵士のそのほとんどが、餓死。クモすら食べねばならない、米軍、豪軍よりも恐ろしい餓えとの戦い。
 
そんな悲惨極まりない戦場下で、「宣撫」という現地人に戦争の目的を伝え、人心を落ち着かせ治安維持活動をする任務にあたる兵士がいました。
チヨさんの夫、柴田幸雄中尉(船舶工兵第九聯隊、故人)もそのひとりでした。
 
柴田中尉はセピック川付近のある村に住みながら、明日には自分が死んでしまうかもしれない状況の中、日本の戦争の目的を村人たちに伝え、パプア人自らが国を興して独立できるよう、真の教育を行ったのです。
 
かつてのその村の生徒はこう言います。
「私たちは学校というものを見たこともなければ聞いたこともなかった。そこで何をするのか?勉強とはどんなことなのか?まったくわからなかった。」
 
当時8歳だったその学校の生徒は、首都ポートモレスビーの高校に進学し後に教師となり、さらに1970年代のパプアニューギニアの独立運動に参加後、国の代表にまで上り詰めました。
パプアニューギニア初代首相マイケル・ソマレはその学校の生徒だったのです。
戦争が終わって数十年経っても、柴田中尉の教えは脈々と流れ続けていたのです。
 
マイケル・ソマレが首相になって初めての海外渡航、それは日本でした。
柴田中尉に会うために。独立の教えを説いてくれた、そして何より勉強が何かを教えてくれた恩師に会うために。
 
そして遂に、大使館を通じてソマレ少年とキャプテン・シバタは奇跡的な再会を果たしました。
––––––––––––––
 
「セピックの村の学校に行った時、ソマレも駆けつけてくれてねぇ〜」
「村の子がわたしみたいな年寄り見ると喜んでねぇ〜、持ち上げるの!ハーハッハ」
 
 
この記事を書いていて気づいたことがあります。
パプア人が日本人のことを大好きなのは、日本政府が橋やラジオ塔などの無償支援をするからだと思っていました。
でもそれは微々たること。
原点はマイケル・ソマレと柴田中尉との関係にあるのではないでしょうか。
ごく個人的、でもとっても深いふたりの友情が、今や国と国との友好関係になっている、そう感じずにはいられません。
 

IMG_2621_500.jpg
- すてきな笑顔で迎えてくれました。

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- 所狭しと並ぶパプアグッズ。奥写真がマイケル・ソマレ首相

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- シバタ学校の写真を見せてくれました。
慰霊塔を後にし、いよいよ本殿へお参りと行きますか。

とても清潔に保たれた本殿。
清浄な気持ちでお参りを終えた頃、宮司さんが通りかかりました。
せっかくなのでいろいろとお話をうかがいました。

宮司さんと思ったその方は禰宜(ネギ)さん(宮司さんが社長だとしたら副社長でしょうか??w)で、この神社の宮司さんが毎年慰霊巡拝のため海外に行かれているとのこと。

特にここ数年は、続けてパプアニューギニアに行っており、とにかくパプアが大好きなのだそうです。好きだから毎年行っている訳ではないですよ、多分。。

「海外戦没者慰霊巡拝」
http://www.gokoku.gr.jp/jyunpai/index.html


その禰宜さん。この硬派な神社に似合わず、、とても明るく気さくな方で、まるでパプア人と話しているようでした。

この神社にやってきた理由を話すと、よくぞ参られた!ととても感心され、拝殿内にまで通していただけました。そこでなんと玉串拝礼までやっていただき、最後にはお神酒もちょうだいしました。

これにはさすがに嬉しくなってしまい、結局パプアのノリでいえーぃ、いえーぃ♪と気分よくしていると、「チヨさん今日いるかなぁ」と禰宜さん。

「チヨさんて普段はさびれた飲み屋のおばあさんなんだけど、パプアの首相が来日すると大使館に呼ばれちゃうんだよ。びっくりだよ。」

パプア首相ってまさかあのマイケル・ソマレ?

「そうそう、ソマレ。ソマレ首相もチヨさんには頭があがらないみたい。」

な、なんて、おばあさんなんだ、、チヨさん。
で、何者なんだ、、チヨさん。

「チヨさんの旦那さん、昔パプアの学校でソマレを教えてたみたいなんだよ。チヨさんは今日もいると思うから、連絡先教えるよ。行ってみたらおもしろいと思うよ。」


これは行くしかない。
陽気な禰宜さん、本当にありがとうございました。
心からお礼を言い、神社を後にしました。

パプアを忘れるな、もっとパプアにつかってこい。
神社の森からは、そう言われている気がしました。

IMG_2566_500.jpg
- 陽気な禰宜さん。浅葱色の袴が渋い。
 栃木縣護国神社の境内に踏み入ると、誰もおらず静か。
参道を進み第二の鳥居をすぎると、大量の石が敷き詰められた大きな広場が。

その先に、広場の全ての石を受け止めるかのように、本殿ががっちりと構えていました。

遊びなしで直球勝負。
そんな硬派な神社をまざまざと感じたボクは、パプアのノリでは罰があたると、日本の軍人さんよろしく背筋と手足を一直線に伸ばして歩くのでした。

そして、脇見をせずとにかくまじめに本殿へまっしぐら。
のつもりが、左脇に広がる森からただならぬ雰囲気が。。

導かれるようにそこへ向かうと、そこには多くの慰霊塔が並んでいました。
まさに、ニューギニア戦線へ向かい命を落とした方たちのしるしがそこにあったのです。

食べ物も豊富、素晴らしい大自然と雄大な景色、住人も陽気で日本人が大好き、そんなパプアニューギニアしか知らないボクにとって、地獄よりも恐ろしいと言われた「ニューギニア」は想像できませんが、そんな時代が確かにあったのだと、まるで主張しているようでした。


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- 大量の石の奥に硬派な本殿が。

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- 遺骨収集時にパプアから持ち帰った霊石も。

IMG_2573_500.jpg
- 一番奥には忠霊塔がありました。
 先日、宇都宮に行った時のこと。
一度訪問しておきたい場所がありました。
 
宇都宮の駅前の大通りから約4km、車通りの多い五叉路の角で一際目立つ森の中にその神社はあります。

 
栃木縣護国神社。 太平洋戦争で亡くなった戦死者を英霊として祀る護国神社の中でも、特にニューギニア方面への慰霊巡拝を積極的に行っている神社です。

gokoku.jpg
- 神社はここ。

 
ボクがその神社のことを知ったのは、パプアニューギニアに住んでいた4年前。
首都ポートモレスビーから約40km、標高約600mのソゲリという村に行った時のことでした。標高が高いため涼しく過ごしやすいことから戦争中にオーストラリア軍が保養地、野戦病院として開発されたそのソゲリ村は、ココダトレイルの入り口でした。
 
「ジャワは極楽 ビルマは地獄 死んでも帰れぬニューギニア」と言われたニューギニアの戦い。その主戦場となったのがココダトレイルで、今でも日本軍の戦死者の骨が埋まっていると言われています。
 
栃木縣護国神社はココダトレイルでの慰霊巡拝を数年前に行っており、その時の様子がとても詳しく紹介されていました。

「パプアニューギニア・ココダトレイル紀行」

 
パプアニューギニアで2年間も生活し、パプア人の素直で優しくおおらかで、でも時に適当なその性格を知っているボクは、その神社で何かを感じられるはず、そう思い訪ねることにしたのです。

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- 新しい鳥居の奥に深い森が見える。

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